◇「粛々論」から「成果論」に
「桜の咲く頃」で調整が進んだ習近平中国国家主席の国賓訪日は、延期されることになった。習は、湖北省武漢発の新型コロナウイルス感染が深刻化する中でも国賓来日にこだわり続けたが、一転延期を受け入れた背景には「こんな時に日本に行っている場合か」という国民の反感への強い危機感があった。
一方、招待する側の安倍晋三首相は、自ら「延期」を切り出すことにちゅうちょしていたが、今度は日本国内での感染拡大が「瀬戸際」を迎え、「中国主席を国賓で招いている場合か」と、習氏と同じ苦悩を共有することになった。「延期」という現実的な選択は、両首脳の政治決断の結果だった。(時事通信社外信部編集委員・前北京特派員 城山英巳)
記者会見で「準備を粛々と進める」と、習近平の国賓訪日について聞かれると、言葉をそろえてきた菅義偉官房長官や茂木敏充外相だが、2月26日に風向きが変わった。同日夜、茂木は、中国の王毅国務委員兼外相と電話会談を行ったが、双方は「しっかり成果の上がる訪日とする必要」で一致。その2日後の28日、中国外交を統括する楊潔※(※竹カンムリに褫のツクリ)共産党政治局員は習の意向を持って来日したが、「粛々論」から「成果論」に完全に転換した。
「現時点で習主席の訪日の予定に変更はないが、中国の国家主席の訪日は10年に1度のことであり、十分な成果を上げることが必要だ」。28日夕、楊との会談を終えた茂木は記者団にこう語った。安倍は翌29日の記者会見でも同様に「十分な成果」が必要だと発言をした。
◇4月訪日にこだわった習氏
日本政府は、習近平の国賓訪日日程について「4月6~10日」の週でどうかと中国側に提示していた。日程が既に詰まっている天皇、皇后両陛下の日程を考慮したもので、仮に短縮してもこの範囲内で訪日が決まらなければ、両陛下の日程を改めて確保する必要があり、ずっと先にならざるを得ない。
2月18日に北京入りした滝崎成樹外務省アジア大洋州局長は、呉江浩外交部アジア局長らとお互いにマスクを着けたままで交渉した。この訪日日程を前提に「粛々と進める」ことで一致したが、中国側から具体的な日程提示はなかった。
習側が予定通りの訪日にこだわったのは、トランプ米政権との緊張状態が続く中、日本との安定した関係をより確実なものにしたいという従来の外交方針に加え、新型コロナウイルス感染が拡大して国内機能がガタガタになっても、経済成長と外交政策には影響させず、「順調」を装うとの大方針があったからだ。そして感染収束が見えた4月に訪日し、新型コロナ対策の成果を内外にアピールしたかった。そのために中国メディアは、困難に直面する中国に対して日本の官民から送られた支援を大々的に報道し、習訪日に向けた雰囲気づくりを怠らなかった。
◇中国先遣隊の極秘派遣
武漢に取り残された邦人らを日本に退避させるチャーター便計5便で計828人の帰国が完了したのは2月17日。習の国賓訪問の事務準備を担う日本外務省の中国・モンゴル第一課・第二課は、退避オペレーションで手いっぱいの状態が続き、習来日時に両政府で交わす「第五の政治文書」を含めた準備は進んでいなかった。2月中旬ごろ、同月末に東京で開催予定だった「日中経済パートナーシップ協議」などの事前会合も中国側の感染拡大を理由に相次ぎ延期の方向となったが、日本政府内にはまだ、「訪日日程を短縮し、政治文書も長いものではなくていい」(日中関係筋)と、予定通りに訪日を進める方針が残った。
一方で、中国側の「前のめり」を表したのが、先遣隊の極秘派遣だった。3日間延期させた春節(旧正月)大型連休が明けた2月3日、首都・北京は人通りもまばらで閑散としていた。習近平が「人民戦争」と名付けたウイルスとの戦いは本格化していたが、その3日後の6日、国賓来日の先遣隊が北京から東京に向かった。団長は、中国外交部で国家主席の外遊ロジを統括する洪磊礼賓局長だ。
洪は、国賓来日で会場となる東京元赤坂の迎賓館、習が宿泊する予定のホテルなどを見て回った。感染が深刻なこの時期に先遣隊が来日したことは、習が予定通り4月上旬の来日にこだわった表れだ。先遣隊には習氏の護衛に当たる共産党中央弁公庁警衛局関係者も含まれたとみられる。先遣隊は7日、神戸に向かったが、それは習の地方訪問先の候補になっていたからだ。
◇医師の死で変わった風向き
しかし、習近平側の思惑は2月7日ごろから崩れることになる。武漢の若い眼科医・李文亮(33)の死という悲劇で、風向きが変わったのだ。李は、武漢市政府が最初に「原因不明の肺炎」を公表した前日の昨年12月30日、中国版LINE「微信」のグループチャットで、感染状況の深刻化を発信。医師仲間に注意を促すためだった。
しかし衛生当局は翌31日未明、デマを流したとして李に「自己批判文」を書かせ、さらに李は1月3日、公安局派出所で「訓戒書」に署名させられる処罰を受けた。しかしその後も医療現場に立ち続けた李は、新型コロナウイルスに院内感染し、2月7日未明に亡くなった。
李文亮は、中国メディア「財新」の取材を受け、「健全な社会であるなら『一つの声』だけであってはならない」と言い残した。さらに自身の中国版ツイッター「微博」で、実名で感染の事実を明かした。国民の多くは「真実の告発が封殺された。当局が『異論』に耳を傾けていれば、感染の拡大は防げたのではないか」と感じ、李を体制による隠蔽(いんぺい)体質の犠牲者とみなした。ネット上は追悼の言葉であふれ、初期に感染を隠した地方・中央政府、さらに中央指導部に対する批判が広がった。
習指導部は2月17日、3月5日に開幕予定だった全国人民代表大会(全人代=国会)の延期を提案し、24日に正式決定した。習は、新型コロナウイルス対策の段階的な成果を誇示する政治舞台として全人代の予定通りの開催にもこだわったとの情報もあるが、終息宣言を見通せないまま、開催に突っ込めば、国民の不満がさらに高まりかねないと危機意識を高めた。その結果としての全人代延期と言えた。
◇日本事情で中国にメンツ
全人代が延期の方向になっても、日本政府は習の国賓訪問延期を言い出さなかった。それは、先方がまだやる気なのに、招待する側が「やめましょう」と口火を切ることはできないという儀礼上の問題が大きいが、日本政府当局者は2月中旬、「習主席が国賓来日にこだわり、中国側がどうしてもお願いします、という状況ならば、受け入れる日本側にメリットがある」と解説した。日本が有利な立場で日中間の懸案解決に向け交渉できるからだ。一方で同当局者は、逆に習にすれば、「こんな時に日本に行っている場合か」と、国内で批判を受け、逆境がさらに高まりかねないと分析した。
しかし皮肉なことに、日本国内での感染拡大が事態を変えた。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」での日本政府の対応に国際社会の批判が集まったことに加え、日本国内の感染状況についても日本政府の専門家会議が2月24日、「これからの1~2週間が、急速な拡大に進むか収束かの瀬戸際」との見解を示した。安倍首相は27日、全国の小中高校などに休校を要請する異例の決定を下し、人の集まる場での行事は軒並み中止になるなど、日本社会は混乱を来している。この日本政府による対策の急展開は、習の国賓訪日延期に向けた急速な動きと一致する。
延期を言い出せなかった日本政府も国内事情を理由に、中国側に延期を持ち出せる余地が生まれた。中国メディアは日本国内の感染拡大や日本政府の異例の決定をより詳しく報じ、習の訪日は厳しいと国内向けに暗示し始めている。中国側からすれば、中国の事情ではなく日本側の事情で延期になった、となればメンツも立つのだ。
◇王毅外相の皇居ジョギング
ただでさえ日本国内では尖閣諸島、香港情勢、ウイグルの人権問題、邦人拘束など従来の日中間の懸案に加え、「中国での情報隠しが感染拡大を招いた」との不信の声が根強い中、国賓招聘(しょうへい)への風当たりは強い。世界中に新型コロナウイルス感染が拡散する中、国際社会にとっても状況が深刻な日中の首脳が東京で握手する姿は想像しがたいものだ。
ただ、延期となった習の来日は、天皇陛下の日程などから今秋以降で再調整されることになりそうであり、日中外交にとっては「後退」だ。
昨年11月24日夕、名古屋市で開かれた20カ国・地域(G20)外相会議に出席した王毅は会議を終えて東京入りした。25日に飯倉公館で茂木との外相会談に臨むためだった。東京に着いた王は、日本側に突然、「皇居をジョギングしたい」と伝えた。
日曜夕方の皇居。ランナーであふれ返る中、外務省や警視庁は警備上の理由で強く反対したが、「私は分刻みで仕事し、いつも命懸け。東京に来た時くらいしかジョギングできない」と譲らず、警護のSPや在京大使館幹部とともに約30分間で皇居を周回した。
「強い指導者」へ正念場
王毅の突然の行動の背景には何があったのか。中国政府は習の来日に合わせ、今夏の東京五輪・パラリンピックと、2022年北京冬季五輪を視野に入れた日中協力を模索しており、「習が来日した際のパフォーマンスの下見ではないか」という臆測も出た。真相は定かではないが、日本通の王毅らは、習の来日に合わせて日本国民の厳しい対中感情の好転を狙ったパフォーマンスを考えていることだけは間違いない。
日中両国を襲った新型コロナウイルス対応に関して国内で批判を受けたのは習近平だけでなく、安倍も同様である。両首脳とも、異例の強硬対策で危機を乗り越えようと決意を固め、ウイルス封じ込めにまい進している。延期が「吉」と出るか。二人が秋以降に東京で首脳会談を行う際、より「強い指導者」になれるかどうか、今まさに正念場を迎えている。(敬称略)。 ![]()
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March 08, 2020 at 03:09PM
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【地球コラム】国賓延期、「苦悩」共有した習・安倍両氏~「そんな場合か」に危機感~ - 時事通信ニュース
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