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Friday, May 8, 2020

「……今までの、なにもできなかった僕は死ぬんだ。」/渡邊璃生のデビュー小説『愛の言い換え』傑作3篇を全ページ試し読み!#30 | 愛の言い換え | 「試し読み(本・小説)」 - カドブン

元「ベイビーレイズJAPAN」の渡邊璃生さん初の小説集『愛の言い換え』が5月2日に発売。その中から選りすぐりの傑作書き下ろし3篇を30日間連続で全文特別公開します。

>>前話を読む

 ◆ ◆ ◆

 しばらく走っただろうか、突如新の足が止まる。いや、立ち止まったのは蒼介だった。新が振り返ると、彼は手を握られたまま立ちつくし、俯いていた。
「蒼介? ……なにやってんだ?」
「……新ちゃん、……もう一回聞いていい? 僕が死んだらどうする?」
「だから……!」
「おねがい、答えて……。」
 濡れた黒髪に遮られ、蒼介の表情を窺うことは困難だった。だがきっと、酷い顔つきをしているだろう。それがわかるほど、縋り付くような震えた声色だった。
 新は考えた。だがそこに迷いはなく、また滞りなく答えを口にした。
「……どうもしない。」
 蒼介の手がびくりと跳ねる。それでも続けた。
「でも俺は、……俺はかなしい……。」
 蒼介が顔を上げた。浮かべた笑顔はあたたかく、やわらかで、どこか悲しい。だが、新への非難は微塵も感じ取れなかった。それほどまでの、安堵の表情。
「ふふ。……うん。……よかったあ。」
「……なんだよ。」
「……新ちゃん。僕、……僕ね。死ぬんだ。」
「……え?」
 新の頬を、大粒の雨が流れて落ちる。ふたりの体は雨風をたっぷり受けて、ずぶ濡れだった。それでも、動くことができない。
「……今までの、なにもできなかった僕は死ぬんだ。」
「……なんだ、そういう意味かよ。やっと働いてくれるのか? 心変わりがなきゃいいけどな。」
「……あはは。……新ちゃん、先行ってて。」
「なんで?」
「忘れ物したんだ。大丈夫、絶対戻るよ。だから行って。……ね?」
「……わかった。」
 蒼介は新の手を解放し、そっと押した。それを受けて、新も歩き出す。彼の手が名残惜しげに自身の指を捉えていたことに、気づかないふりをしながら。

 新が小学校の体育館に着く頃には、昼を回っていた。引かれたブルーシートの上、運良く壁際が空いており、新は荷物を置きタオルに包まり、スマートフォンを開く。メッセージはない。
「(遅いな、あいつ。)」
 体育館に設置されたラジオはノイズが走り、やがて音声は届かなくなった。スマートフォンを見ても、圏外と表示されインターネットに繋げることができない。
 すると、激しい揺れが体育館を襲った。窓ガラスだけでなく壁さえも崩れてしまいそうなほどの風圧。周囲の人々が悲鳴をあげ、子供たちが親に泣きつく。
 新は危険を感じた。蒼介は無事だろうか。どこか、外で動けなくなっているのではないか。
 いても立ってもいられなくなり、新は走り出した。
「ちょっと! 危険ですよ!」
「友達が外にいるんです!」
 職員の説得を聞かず、新は重い扉を開けた。強い風と大粒の雨が頬を殴り付けるが、扉を閉めて自宅方面へ走り出す。風が車や瓦礫を高く高く舞い上げ、台風の中心へと吸い込んでいた。思わず息を飲む。
「蒼介! 蒼介─⁉ おい!」
 風が強過ぎる。ガードレールにしがみつきながら、新はゆっくりと、しかし確実に進んだ。
「─新ちゃん。」
「蒼介?」
 聞き慣れた声が天から降って聞こえる。新は振り返った。
 なにもない。幻聴だったようだ。
 唇は空を食み、虚しさが冷たさとなって新の体温を奪った。その場に膝をつき、顔を手で覆う。
「(引きずってでも小学校へ連れて行けばよかった。それか一緒について行けば。……いや、それじゃ、あいつが死んだみたいじゃん。家に着いてて、土砂降りだから動けないだけかも知れない。)」
 するりと手を下ろし視線を落とすと、新は妙なことに気がついた。
 水溜まりが消えて、アスファルトが顔を見せている。
 背中がとても温かい。
 それだけではない。風は止み、壊れた家屋、横倒しの車、すべてが元通りになっていた。
 空を見上げると、分厚い雲は消え、そこにはどこまでも澄んだ青空が広がっていた。
 草木の揺れと共に、暖かな風が髪をくすぐる。その温度に、新は覚えがある気がした。

 体は強風を覚えていたのか、新の足取りは重く、しかしようやく彼は帰宅した。
 蒼介の指定席だったソファーを見る。いつもならそこにあるはずの横顔は、どこにもない。ゆっくりと正面に回ると、あるものが置かれていた。
 通帳と、その下には、ぼろぼろに焼き切れた蛍光イエローのローブ。
「……蒼介?」

 それから数週間が経過した。ニュースによれば、台風は突如として消滅し、崩壊した家屋などはすべて元に戻ったらしい。怪奇現象か、集団幻覚か、政府の陰謀などという特集まで組まれていた。
 富田蒼介という人間がどこへ消えたのか。それはわからない。少なくとも新が知ることはできない。
 それでも新は待ち続ける。蒼介が守り、蒼介だけが姿を消したこの街で。

(了)

単行本『愛の言い換え』では、ほか3篇(計6篇)を収録!



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