地球温暖化対策を大きく進めるには、新しい民主主義の仕組みも必要だ。そう言われて、ピンとくる方はどのくらいいるでしょうか。選挙を通じた今の政治の弱点を補うことが、温暖化対策につながると言われたらどうでしょうか。
これは単なるいち意見ではなく、欧州をはじめ、日本でも「気候市民会議」という形で実践されています。東京都武蔵野市や埼玉県所沢市が主催し、東京・杉並区の岸本聡子区長も実現に動くなど、首都圏でも取り組みが始まっています。
気候市民会議で何が変わるのか。自治体レベルで開催して、どんな意味があるのか。実現を望む市民からは「市民と政治との対等で健全な関係が生まれていく可能性を秘めている」という期待の声も上がっています。(デジタル編集部・福岡範行)
◆なぜ広がっているの?
気候市民会議は2019~20年にフランスやイギリスで国政レベルで開かれ、地方自治体にも広がっている試みです。背景には、選挙を通じて選んだ議員らにお任せするだけでは、温暖化対策に必要とされる規模の大幅な転換が進まない心配があります。
温暖化を抑えるには数十年後の悪影響も見据えて、石炭火力発電所やガソリン車など、化石燃料に頼る社会の仕組みを今から大規模に変える必要があります。二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出を2050年までに実質ゼロにするのが目標ですから、例えば、化石燃料でつくったプラスチックもなくしていく必要がありますし、遠くから新鮮な食材などさまざまな商品を運んできたりする場合もCO2が出ない方法が必要です。影響はあらゆるところに及びます。
一方、議員が選挙での当選を目指す余り、数年間で成果が出ることばかりに力を入れたり、支持者が痛みを受けることを恐れて転換を避けたりすれば、対策は遅れます。北海道大の三上直之准教授は、選挙はCO2を大量に出している既存の産業の利害を反映しやすいとし、「変化の原動力をつくり出すのが難しい」と指摘しています。
日本でも温暖化を抑える政策が十分に進んできたとは言えません。例えば、少ない冷暖房で快適な住環境を保つために一定の断熱性能を住宅に義務付ける政策は「市場の混乱」を避けようという判断から、導入が5年以上、遅れました。
気候市民会議は、その弱みを補完する試みです。
参加者は「くじ引き」と呼ばれる無作為抽出を活用して選ばれます。議員と違って次の選挙での当選を意識する必要がなく、支持者の期待を背負わない分、自由に議論を深めやすいです。
先駆けとなったフランスでは、政府が温暖化対策として掲げた燃料税引き上げ案への反発から「黄色いベスト運動」という抗議が広がったことがきっかけで、マクロン大統領が導入を決めました。150人による9カ月間の熟議により149項目の提言が出され、熱効率の悪い住宅の賃貸禁止などが法案化されました。
◆どういう仕組みなの?
ただ、本格的な開催は手軽ではありません。
開催地の人々の意見を満遍なく反映させようと、参加者選びでは2段階の手順を踏みます。まず無作為抽出で候補者を選んだ後に、2段階目の選別で性別、年代などを実際の比率に近づけ、地域の縮図づくりを目指します。気候変動問題に関心のある人もない人も選ばれますので、「対策を急ぎたい」ともともと思っている人たちの意見ばかりになることもありません。
複数の専門家の講義で最新知識を学ぶ時間も必要です。温暖化対策が必要だと言われているのはなぜか。いつまでに、どの程度の規模の対策が必要なのか。具体的な対策ごとのメリットとデメリットは何か。専門家たちから提供される情報は議論の土台となりますので、さまざまな立場の専門家の協力を得て、偏りを避けるように努めることが望ましいです。
熟議が深まるように多くの参加者が長期間、出席し続けられるような支援策も欠かせません。例えば、オンラインで議論する場合は、インターネットに不慣れな人へのサポートが求められますし、国などの広範囲を対象にする場合は、遠くから参加する人たちへの支援が必要です。
参加者たちの意見を行政の政策に反映させるため、どのような議論があったのかを公開する透明性も不可欠です。
◆どんな成果が得られるの?
これらの努力によって、どのような成果が得られるのでしょうか。従来の政治では具体化しなかっただろう提案が出る可能性はあります。ですが、画期的な温暖化問題の解決策が必ず出るとは限りません。
温暖化を抑える手段は既に、さまざまな選択肢があります。対策が進んでこなかった要因の1つは、住宅の断熱強化のように、今でも可能な対策に力を尽くさずにきたことです。だからこそ、熟議を通じて、どの対策を住民たちが重視し、どんな将来を望むのか、意見が分かれる対策が何で、どこに壁があるかを鮮明にしていくことも気候市民会議の意義になります。
◆自治体レベルで開いて、何ができるの?
自治体で気候市民会議を開く意義は、どうでしょうか。地球規模の課題に対して、地方自治体レベルで何ができるのでしょうか。
気候市民会議を開く意義を高めるには、熟議の結果が政策に結び付くことが重要です。国や自治体が開くことで、政策に直結する可能性が高まります。
自治体にできることについては、先ほどの車の利用削減を例に考えてみます。脱炭素には、車の利用は少ない方が望ましいです。EVであったとしても利用が少ない方が必要な電気が少なくなり、CO2排出ゼロを達成しやすくなります。ただ、車の利用を減らせるかどうかは、公共交通網の充実具合や店のある場所などの地域の事情に左右されます。街づくりを担う自治体の役割は大きいです。
地球環境戦略研究機関(神奈川県葉山町)で都市の取り組みを研究する浅川賢司さんは、脱炭素の実現にはライフスタイルの変更が重要としつつ、「我慢比べでは長続きしない」と指摘します。
これからどんな暮らしをしていきたいのかも、都市部を選んで住んでいる人と、地方を選んでいる人とでは、大事にしたいポイントに違いがありそうです。ライフスタイルのあり方をより良く見直していくためには、住民たちがどんな将来を望んでいるのかをくみ取り、企業などとの調整を進めることも求められます。
これらの政策を誰が決定し、進めていくかについて、浅川さんは「市民に身近な自治体が一番、適任だ」と語ります。
◆政策づくりへの市民参加への期待
東京都杉並区の市民団体「ゼロカーボンシティー杉並の会」共同代表のカフェ店主ブランシャー明日香さん(49)は、気候市民会議を通じて市民らが「未来を創造するのは自分たちだ」と感じていく効果にも期待しています。
ブランシャーさんは若いころ、子育ての忙しさもあって政治に関わるのは選挙ぐらいでした。街角にいた杉並区民に東京新聞が取材したときには、「杉並には住んでいるだけ」と区政に無関心の人らもいました。2022年6月の杉並区長選の投票率は40%に届きませんでした。未来の方向性を決める政治の選択に自分は関わらず、誰かにお任せしている人たちがいます。
もし、気候市民会議で政治への住民参加が進めば、変化が生まれるかもしれない。ブランシャーさんは、くじ引きによる参加者選びを「サッカーの試合でサポーターだった人が『君もプレーヤーだよ』って言われちゃう」と例えます。最初は戸惑うかもしれませんし、その試合のヒーローになるわけではないかもしれません。
けれど、政治家や行政職員ばかりがプレーヤーだった試合(政策の議論)に市民たちも一緒に臨めば、できあがる政策はみんなでつくりあげたものになります。行政が決めた政策に後から不満を抱くのではなくて、市民も一緒につくる側に回る。そうした試みを重ねれば、政治に能動的に関わる市民も増えていくんじゃないか。
8月にはフランスの気候市民会議の運営メンバーにじっくり話を聞くなど、杉並での会議実現に熱心に動くブランシャーさん。「行政と市民が協働するやり方の中に、未来の社会づくりのヒントがある」と考えています。
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