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Thursday, March 26, 2020

『バキ道』5巻、力士軍団 VS カオス軍団はなにを意味する? 板垣先生の“提言”を読み解く(リアルサウンド) - Yahoo!ニュース

 日本最古の最強力士の系譜を継ぐ”野見宿禰(のみの すくね)”の登場から始まった新シリーズ『バキ道』。当初は刃牙を始めとしたレギュラー軍団が宿禰と戦い、誰が宿禰を倒すかという内容で進むと思われていたが、4巻でまさかの急展開。宿禰の目的は現大相撲協会の成敗であり、そこになんと地下闘技場戦士たちが便乗! 期せずして大相撲協会の現役力士軍団vs金竜山&徳川軍団の全面対抗戦が勃発。その前哨戦として力士軍団が地下闘技場に乗り込み、徳川が用意した総合格技軍団と対決することになった……。

【写真】『グラップラー刃牙』について語るK-1チャンピオン武尊

※以下、ネタバレあり

■混沌(カオス)軍団の端役としての役割

 そして迎えた5巻だが、わざわざここで書くほどのこともなにもないくらいの力士軍団の圧勝っぷり。初戦で横綱・零鵬(れいほう)と戦った岩浪混沌(カオス)の、その見事なかませ犬っぷりと、キラキラネームっぷりからネットでは”カオス軍団”と呼ばれた総合格闘技軍団(別にカオスがリーダーとはこれっぽっちも明言されていない)は、混沌以降の格闘家たちもただ力士の強さを際立たせるという唯一与えられたその役割を、どこかで見たことのあるようなビジュアルのインパクト、妙な自信と過剰な”やる奴”感アピールと、いざ試合が始まってからのこれ以上ないくらい見事なやられっぷりで全うした。所謂“モブ(端役)”としてのあるべき姿、生き様を読者に見せつけた。むしろ見せつけすぎて、力士の強さより彼らのアクの強さの方が読者の印象に残りすぎてしまったのは、板垣先生の計算なのか誤算なのか、今はまだ知る由もないが……。刃牙シリーズ30余年の歴史の中で、また未来においてもおそらく彼らの戦いを見ることができるのはこの1冊だけになると思うので、カオス軍団ファンにとっては必携の1冊であることは間違いないだろう。

 だが、ここであえてなぜ総合格闘技軍団がここまであっさりやられてしまったのかを考察したいと思う。実はこの力士vsカオス軍団の戦いには、「刃牙シリーズ」のテーマ、そして現実の格闘技ファンへの提言、そして『バキ道』のテーマがものすごい密度で内包されているからだ。

 まず、今回徳川が召集したのが全員”総合格闘家”であるという点、そして今回の戦いが”大相撲vs総合格闘技を、地下闘技場(ルール)で行った”ということに注目してほしい。現在の総合格闘技、いわゆるMMA(ミックスド・マーシャル・アーツ)はもともと、バーリ・トゥードと呼ばれるなんでもありの戦いから派生してできたものである。1993年に第1回UFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)が開催され、バーリ・トゥードという戦いが爆発的に世に広まっていった。だがその勢いと反して、暴力的すぎるという理由でコミッショナーからライセンスが下りなかったり、多くの州で禁止法が制定され、大会の存続が危ぶまれる時期があった。そのために当初は目潰し、噛みつき、金的以外(金的がOKな大会もあった)あらゆる攻撃が有効だったルールは整備されていき、それにより初期UFCは表向きにはどの格闘技がいちばん強いのか、限りなく制限のないルールで公平に決めようという無差別級の異種格闘技戦のような大会であったが、MMAという格闘技のジャンルの1つとして急速に競技化が進んでいくことになる。

 すなわち現代の総合格闘家のチャンピオンは、MMAというジャンルでいちばん強い存在であって、「MMAの頂点=すべての格闘技の頂点=世界で一番強い」とは限らないというごく当たり前の事実を、改めて認識しなければいけないのだ。力士に限らず他競技の選手がMMAに参戦することは当たり前のように行われているが、彼らはMMAのリングで自分の本業である競技をしていない。そもそもルールが違うから当たり前のことであり、MMAで戦うのなら、MMAの戦い方を知らないと基本勝つことは難しい。今のMMAはそれくらい競技レベルが上がっていて、技術体系も日進月歩で進化している。

 そこで今回の戦いである。ご存知の通り地下闘技場のルールは、「武器の使用以外一切を認める」の1つのみ。身に付ける装具も自由、明確な”武器”でなければ闘技場の環境を利用した戦法、闘技場の地面に落ちている過去の試合で抜け落ちた歯や爪などを相手に投げつけることすら認められている。もちろん階級も無差別である。初期UFCよりも少ないルールで、文字通りのなんでもあり。闘技場で向かい合ったどちらが強いのかをシンプルに競い合うこの戦いは、もはやMMAにあらず、いわば”大相撲とMMAの異種格闘技戦”だというその”アタリマエ”を改めて読者が認識する必要があるのだ。

■すべてはフィジカル勝負

 その視点で改めて本巻を読み返すと、総合格闘家軍団は、やはり自分たちがやってきたMMAの戦いを地下闘技場でやっているにすぎないと自ずと気づく。そしてそのMMAの戦いというのは細かくウェイト分けされた、同階級同士で厳格なルールのもとでの戦いである。その戦いに挑む姿勢からは自分の戦い方をすれば相撲ごときに負けないという驕りすら感じられる。“フィジカルの天才”と呼ばれる力士を目の前にしているのにも関わらず。それでは勝てるはずがない。勝ち目などあるはずがない。

 こと身体を使ういかなる競技においても、フィジカルの優劣というのは競技能力に決定的な差をもたらす最大の要因である。日本のスラッガーがMLBで活躍できない要因もフィジカル。日本サッカーが世界と比べて劣る要素もフィジカル。NBAで活躍できる日本人がつい最近まで登場しなかったのもフィジカル的な要因が大きかった。もちろんフィジカルで劣る分を技術でカバーするという例もあるが、例えばハンマー投げで金メダルを獲得した室伏は、そもそもフィジカルの天才であり、そんな彼が技術を身につけたからこそ、フィジカルオンリーで戦う東欧勢と互角以上に渡りあえたわけで、ベースとしてのフィジカルがなければ、その土俵にも上がれなかった。極真空手創始者の大山倍達も「技は力の中にあり」という言葉を残している。技術の効果をどれだけ大きく有効に発揮させることができるかは、結局その人の身体能力によるというのは紛れもない事実の一つである。

 大相撲とはそんなフィジカルの天才たちの集まりである。フィジカルというのは単に大きさ、重さだけではない。筋肉量、質、腱の強さ、骨の太さ、骨密度、肉密度。そしてそれらを意のままに操るコーディネーション能力。それらの力を瞬間的に発揮させる爆発力。おおよそ人体を構成するあらゆる要素において、先天的な資質も含めてフィジカルに恵まれた存在が力士なのである。

 双方が同じ条件下で戦うなら、大きいものが勝つ、力が強いものが勝つ、身体能力が高いものが勝つ、身体的に凡才なら、天才には敵わない。そんなシンプルでわかりやすい原理原則を、カオスを始めとした総合格闘技軍団を通して我々に改めて知らしめてくれたのが、今回の『バキ道』であったとは言えないだろうか。その戦いを経た上で、徳川&金竜山率いる本陣である刃牙たちは、改めて力士の天才ぶりを全員が素直に認めて敬意を表する。その上で自分たちを素人の天才と称して来たるべく戦いに向けて高まる闘志を隠しきれない。”素人の天才”という表現は、おそらく身体的な資質では敵わないけど、こと”戦い”に関しては幾多の死闘を含め、潜り抜けてきた修羅場の数、実戦経験の豊富さへの誇り。ただ”強さ”を求めて鍛錬に費やしてきた年月に対しての自信が窺える至言である。果たして地下格闘場の戦士たちと宿禰は、大相撲に対していかなる戦いを見せるのか。力士の持つ”力”と”格”に対して、戦士としての”力”と”格”をどのように示していくのか、興味は尽きない。地下闘技場で力士と刃牙たちが向かい合ったら、もうそこには戦いしか起こらない。己の全てをもって、どちらが強いかをただ比べ合うだけである。読者はそれをただ楽しむのみ。それが「刃牙シリーズ」である。

 そして個人的にはあの男が、戦士としてまさかの形で完全復活を遂げたことも今後に向けて期待が大きくなるポイントである。板垣先生曰く、ピクルとの戦いでAランクに格が上がりつつも、その代償に一線で戦う状態でいられなくなっていた彼が、いよいよその”格”を知らしめてくれるその瞬間をいち読者として楽しみに待つとしよう。

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March 26, 2020 at 06:13AM
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