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Friday, August 28, 2020

テレビが擦り寄る「ネットの話題」 押しつけられる“一体感”の共有 - withnews

ネットの話題

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画面に流れるコメントから漂う“薄っぺらさ”

テレビはテレビ、ネットはネット。メディアとしては別物なのに……
テレビはテレビ、ネットはネット。メディアとしては別物なのに……

目次

テレビはいつから「ネットの話題」に頼るになったのだろうか? テレビ画面にはSNSのコメントが紹介され、毎日のようにTwitterのトレンドがニュースとして報じられている。SNSを意識するあまり、“弾幕”を画面に挿入してみたり、ツイートを登場させてみたり。押しつけられる“一体感”が生む、テレビとネットユーザーとの〈距離〉を俯瞰(ふかん)してみる。(吉河未布)

なんとか連動しようとしたテレビ局

Twitterが日本でサービスを開始したのが2008年。その後、スマホ保有率の高まりとともにTwitter人口もどんどん増えた。今ではテレビを見ながらスマホをいじる人も多く、TwitterトレンドやYahoo!ニュースアプリの「話題」タブでは、常時テレビネタがランクインする。

テレビの話をネットでする――もとはといえば、2ちゃんねるの「実況」スレッドなどで、同時に同じテレビ番組を見ながらまったりしたり、盛り上がったりする人たちがいる。TwitterというとっつきやすいSNSが登場すると、リアルタイムでワイワイ盛り上がる人たちの層が拡大した。

そしてテレビ局は、Twitterとなんとか連動しようとした。ネット上の評判を無視できなくなったという背景がありつつ、「今Twitterが流行ってるから、取り入れれば注意を惹きつけられるカモ。テレビだっていつまでも頭の古いメディアじゃないんだもんね」という考えがあったのは想像に難くない。

テレビに大きな影響を与えたツイッター=ロイター
テレビに大きな影響を与えたツイッター=ロイター

カクカクとぎこちない“弾幕”

2011年、日本テレビは、7月スタートの連続ドラマ「ピースボート-Piece Vote-」において、放送中、Twitterなどに投稿されたコメントを表示すると発表。〈検閲〉が通ったものだけで、文字通りリアルタイムではないが、ニコニコ動画のコメントのように左から右へ流れる仕組みだ。

結果、運営がてんやわんやだったのか、テレビにコメントを表示させたいと思う人が少なかったのか、表示されるコメントは多いとはいえず、また内容も「おとなしい」ものばかり。盛り上がりに一役買ったとはいえなかった。どんなユニークな事態になるかと注視していた人たちは肩透かしを食らうとともに、表示されたらされたで、〈コメントが気になって内容が入ってこない〉という体験をすることになる。

ちなみに、コメントが流れる動きもどことなくカクカクとぎごちないものだった。最後の最後ではエンドロールのほうがササーッとスムーズに流れ、ヨチヨチ進むコメントを追い抜いていったものだ。ただしそれが「何だアレは!」などと炎上騒動になることはなく、アリかナシかはさておき、ネットを使っている側にも、テレビがもがいている姿はじゅうぶんに伝わってきた。

関心ひこうと試行錯誤の姿

その後2014年10月。ABC朝日放送が関西ローカルで放送したハイブリッドキャスト対応番組「ゲーム王ハロウィン~そして悪魔が舞い降りた!?~」では、ニコニコ動画的なコメント表示を“ほぼリアルタイムに”行うことが報じられた。つまり、コメントは出演者に被ることもおかまいなし、前面かつ全面に表示されるというわけだ。

ここでもテレビが、「ネットにあってテレビにないもの」をなんとかしてテレビに取り込み、ネットに移り気になっている人たちの関心を引こうと試行錯誤している姿がうかがえる。

しかしこういった取り組みはイマイチ手応えが得られなかったのか、その後ドラマやバラエティー番組に流れるコメントが表示されることはなくなった。一方で、ニュース番組や情報番組の画面脇にツイートが表示されるのは、いつの間にかすっかり当たり前の光景になった。

ネットに移り気になっている人たちの関心を引こうとしたテレビ ※画像はイメージです
ネットに移り気になっている人たちの関心を引こうとしたテレビ ※画像はイメージです

“一体感”“共有”のツラさ

とはいえ、やはりテレビはテレビ、ネットはネット。メディアとしては別物である。

テレビはそもそも、こちらの都合に関係なく情報を流す「プッシュ型」のメディアで、視聴者は受動的だ。一方、インターネットでは、情報を得る主導権はこちらにある。自分の手元で、自分のペースでSNSに触れるのはいいが、テレビ画面上で自分が見ようとも思っていないコメントがチラチラ見えると、非常に気が散る。SNSに投稿されたコメントは、あくまでも自分で取りにいくものなのだ。

テレビの映像を視界の端に感じながら、スマホやPCでコメントを追うのがいいのに。コメントを表示させれば、“一体感”“共有”のようなものを味わえるでしょ、というつもりなのかもしれないけれど、視聴者が果たしてそれを望んでいるのかは謎だ。

むしろ、押し付けられる“共有”や“一体感”ほどツラいものはない。

薄っぺらい歩み寄りではなく

たとえばコロナ禍になってから、テレビは「ネット上の情報」に一層頼りっぱなしになった。Twitterでこれが話題だった、あれが炎上した、YouTubeで誰がどんな動画をあげて、バズっていた……。SNSで完結していた話題が、おそらくその渦中にはいない人たちの手で雑にテレビにとりあげられると、そのSNSを見ていない人にも広く“共有”されることになる。

が、これにモヤる人は少なくない。「Twitterで話題」と言われてピンとこない人もまだまだ多いし、自分の興味がないSNS上の写真や動画をわざわざテレビ画面で見せられても困る。ネット上の話題はネット上で見たい人だけが見ればいい、共有したい人だけが共有すればいい、それだけの話なのに。テレビからは、ネットだけでは簡単に知り得ないような情報を受け取りたいのに。

元来、突っ込みたがりが集うのがネット界である。テレビが本当にネット民の心をつかみたいのなら、薄っぺらい歩み寄りではなく、“突っ込まれ上等”くらいのスタンスでいた方がいいのではないだろうか。

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