「終活」や「相続」について考えていますか? 大切な人や社会のために財産を役立てたいけれど、何からやればよいか迷っているという人も多いのではないでしょうか。そんなあなたのために、遺贈寄附推進機構代表取締役の齋藤弘道さんが今すぐ役立つ終活の基礎知識やヒントを紹介します。引き続き、相続でもめるパターンとその原因・予防法について具体的な事例で考えていきます。今回は生前贈与と遺言の注意点です。
【なにを】の要因でもめた事例~生前贈与の落とし穴
前回までのお話で、もめる要因は【だれが】【なにを】【どのように】に分類できると述べました。前回は【なにを】のうち「祭祀(さい・し)財産」の事例までお伝えしましたが、続いて「生前贈与」の事例をご紹介したいと思います。
みなさんは、何年も前に親から生前贈与されて既に使ってしまった財産を、親が亡くなったときに他の相続人から「その財産も相続財産に含めて皆で分ける」と言われたら驚きますよね。そんなお話です。
Dさんは妻を数年前に亡くし、長男・二男・三男がいます。長男とはずっと同居しており、孫もいます。長男は家業も継いでくれたので、20年前ほど前に何回かに分けて合計3000万円を贈与しました。贈与税も長男が支払っています。
その後、Dさんは約6000万円の財産を残して亡くなりました。兄弟3人で遺産分割協議をすることになったのですが、そこで二男が「兄さんがもらった3000万円を遺産に加えて9000万円を3人で分ける。3等分すれば一人3000万円。兄さんはすでにもらっているから、残った6000万円は俺と弟で3000万円ずつもらう」と言い出したのです。驚いた長男は「ずっとおやじの面倒をみてきたのに、そんな馬鹿な話があるか! 」と大ゲンカです。
遺産の分け方は法定相続分に関係なく、話し合いで自由に決められるのですが、合意できない場合は家庭裁判所で調停や審判で決着することになります。そこでは原則として、法定相続分で分けることになります。では、生前贈与はどうなるかと言うと、死亡の20年前でも30年前でも関係なく、相続財産に加算されて法定相続分で分ける扱いになります。これを「持ち戻し」と言います。今回の事例では、二男の主張が法的には正しいわけです。
でも、何だかスッキリしませんよね。なぜなら、Dさんは長男に財産を多く残したいと思ったからこそ、生前贈与したのだと思うのです。「なんだ、生前贈与しても意味ないじゃないか」という声が聞こえそうです。少しずつ生前贈与して相続税対策になる場合もあるので、意味がないわけではないのですが、遺産分割という観点では、そのとおりです。
生前贈与するなら遺言とセットで
ではDさんはどうすれば良かったのでしょうか。答えは簡単、「遺言を書くこと」です。遺言は死亡時に保有する財産を分割するものですから、一般的には「持ち戻し免除」(生前贈与した財産は相続財産に加算しない)の意思表示だと言われています。
例えば「私の財産を子供3人に均等に相続させる」と書けば、死亡時の財産6000万円を3等分した2000万円ずつを相続することになります。生前贈与と遺言はセットだと考えると良いでしょう。
ここで一つ注意することがあります。例えば、遺言に「長男に全財産を相続させる」と書いたとしましょう。二男と三男は遺留分(財産を取り戻せる権利)があり、この事例では財産の6分の1ずつ権利があります。遺留分の計算でも、生前贈与財産の持ち戻しはあるのですが、民法改正により2019年7月1日から「相続開始前10年以内の生前贈与だけが原則として対象」となりました。つまり、民法改正前は、20年前の生前贈与でも持ち戻しの対象でしたが(この事例では6000万円に3000万円を加えた9000万円の6分の1=1500万円が遺留分の額)、改正後の現在は10年前までに限られる(6000万円の6分の1=1000万円が遺留分の額)ことになります。
どのような遺言の内容を書くにしても、生前贈与が思わぬトラブルを招かないように「生前贈与したら遺言を書く」ようにしましょう。
【どのように】の要因でもめた事例~遺言の書き方でトラブルに
これも良くあるパターンなのですが「遺言に書いた財産がない」ことを原因としたトラブルです。せっかく準備した遺言が、書き方ひとつでもめる原因になる例を見てみましょう。
Eさんは長男と長女を残して亡くなりました。10年ほど前に自筆で書いた遺言書があり、亡くなった後に自宅の金庫から出てきました。亡夫の相続のときに、長男と長女が少しだけ言い争う場面があったので、心配して遺言書を書いたのでしょう。家庭裁判所で検認の手続きのときに、遺言書を開封すると、そこにはこのように書いてありました。
第1条 長男にはA銀行の預金等を、長女にはB銀行の預金等を相続させる。
第2条 その他の財産は長男と長女に2分の1ずつ相続させる。
長男がA銀行とB銀行に行って調べてもらうと、なんとEさんはA銀行の口座を解約しており、数年前にB銀行に全部移してしまったようです。長男はあわてて長女に状況を話したところ、「預金を移したのもお母さん(Eさん)の意思」と主張します。
今となってはEさんの真意を知るよしもありませんが、単に「B銀行の方が利率が良い」「行員の対応が良い」などの理由で、遺言内容を気にせずに移した可能性もあります。でも、法的には長女が正しいのです。A銀行の口座解約が「遺言と抵触する生前処分による遺言の撤回」とみなされてしまいます。
この事例では、長女が折れて長男と話し合い、遺言とは異なる遺産分割協議書を作成して、財産を半分ずつに分けて決着しましたが、ここに至るまで長い期間がかかりました。ちなみに、相続人・受遺者全員の合意があれば(遺言で分割協議を禁じた場合を除き)、遺言と異なる分割をすることも可能です。
遺言は定期的に見直すこと
実はこのようなパターンがいろいろあります。「遺言に書いてあった不動産を生前に売却していた」「遺言に『預金』と書いてあるのに投資信託や国債にしていた」などです。
このような状況を防ぐためには、どうしたら良いのでしょうか。主に2つ対策がありそうです。1つは「定期的に遺言を見直す」ことです。1年に一度くらい、遺言の内容が今の財産や家族の状況と合っているのか点検すると良いでしょう。そこでもし、ズレて来ていると感じたら、遺言書を書き換えましょう。
もう1つは「できるだけ書き換えなくて良い遺言を最初からつくる」ことです。例えば「全金融資産を長男と長女に2分の1ずつ相続させる」と書けば、遺言作成後にどの銀行や証券会社とどのような取引をしても、財産配分に変化はありません。もう少し複雑な遺言の場合でも、将来を予想する「想像力」をもって作成することが大切です。専門家に依頼する場合でも、こうした想像力と柔軟性をもった人にお願いしたいものです。
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この連載について / 今すぐできる終活講座
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からの記事と詳細 ( 知らないと損する生前贈与のコツ 遺言は想像力をもって作成を - 朝日新聞デジタル )
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