富士通の時田隆仁社長が、2019年6月の社長就任後、最初に打ち出した中期経営計画(2020~2022年度)が、いよいよ最終コーナーを迎えた。コロナ禍やウクライナ情勢、円安などの逆風のなかで、計画達成に向けた歩みは止めていない。そして、社長就任時に掲げた「IT企業からDX企業になる」という体質転換の成果にも、時田社長は手応えをみせる。2022年は、CaaS(Computing as a Service)を発表し、新たなサービスの提供を開始。Fujitsu Uvanceの本格展開に向けた準備も整った。2023年の富士通は、どこに向かうのか。富士通の時田社長に話を聞いた。
残り3カ月間となった中期経営計画のポイントは?
――2022年度を最終年度とした中期経営計画が、いよいよ最終コーナーに入りました。下期偏重型の富士通ですが、上期決算の進捗を見ると、目標で掲げているテクノロジーソリューション事業での営業利益率10%(上期実績は3.7%)、売上収益で3兆2000億円(同1兆4253億円)には、かなり開きがあります。残り3カ月間は、なにがポイントになりますか。
ハードルが高い目標ですが、打てる手はすべて打っています。それがしっかりと実を結べば、計画値には届くと思っています。しかし、この約3年間に渡って、コロナ禍で活動が制限されたことによる影響があったり、部品不足やウクライナ情勢の影響、そして、テクノロジーソリューション事業に対しては昨今の急激な円安もマイナスに働きます。楽観視はしていませんし、むしろ100%自信を持って達成できるといえる状態ではありません。ただ、サッカーW杯では、日本代表がドイツ、スペインを破り、予選を突破したように、厳しい目標に立ち向かっていく姿勢は、私たちも崩しません。
――ポジティブな要素とネガティブな要素が混在しています。
国内で受注が積みあがっていることや、部品供給の遅れが緩和しはじめていることはポジティブな要素です。しかし、国内受注量が拡大していても、これが2022年度中の成果につながるのかは別の話です。また、部品が届き、サーバー、ストレージが生産できるようになっても、富士通の主戦場は、その上で提供するソフトウェア、サービス、ソリューションですから、売り上げを計上するにはタイムラグが発生します。つまり、これらのポジティブな要素のすべてが、年度内に貢献するわけでありません。
一方で、最もネガティブな要素は為替です。しかも、これはすぐに影響してきます。ポジティブな要素は効果につながるまでに時間がかかるのに対して、ネガティブなインパクトはすぐに効いてくるというのが実態です。プラスとマイナスのバランスを見ると、そこは厳しいと言わざるをえません。
また、この3年間に渡って、海外事業が厳しい状況から脱却できなかった点については、私自身、悔しい思いを持っています。特に欧州事業にはまだ課題があります。海外事業は、ポテンシャルはあるものの、依然として「稼ぐ力」がないのが現状です。営業利益率は7%を目指していましたが、5%にさえ到達していません。コロナのせいにはしたくはありませんが、初年度には渡航制限などもあり、オンラインでやるには限界があったのも事実ですし、3年間に渡って手をつけてきたものの、手のつけ方が足りなかったという反省があります。
――中期経営計画では財務指標に焦点が当たりがちですが、非財務指標の目標達成についてはどうですか。
非財務指標の達成は重要なものだととらえています。例えば、従業員エンゲージメントでは2022年度に75を目標に掲げています。2021年度には67を達成していますが、これも高いハードルのひとつだといえます。また、DX推進指標は、3.5を目標にしていますが、2021年度実績では3.2を達成しており、すでに日本のDX先行企業のひとつとなっています。
――2022年には、PFUをリコーに売却したほか、富士通セミコンダクターソリューション、ソシオネクストといったノンコア事業の再編が続いています。新光電気工業、富士通ゼネラル、FDKといったノンコア事業についてはどう考えていますか。
ノンコア事業の再編は、すでに宣言をしているものであり、宣言しているからには、机の上においたまま、なにもしていないという状況ではありません。再編の時期などについてはいえませんが、基本方針に変更はありません。例えば、半導体事業を行う新光電気工業の場合には、経済安全保障の問題もありますから、しかるべき形で話を進めることが必要だと考えています。
DXを推進するための土壌づくりは進んだ
――社長就任時に掲げた「IT企業からDX企業になる」という目標は達成されていますか。
残念ながら、DX企業になったと言い切れる状況ではないと思っています。しかし、富士通がDX企業に向けて進んでいるという実感はありますし、DXを推進するための土壌づくりは進んだと感じています。全社DXプロジェクトであるフジトラ(Fujitsu Transformation)を通じて、カルチャー変革にフォーカスし、デザイン思考やアジャイルなどのさまざまなフレームワークを導入、展開し、自らが変革を続け、オープンな企業カルチャーや企業風土を浸透させることに取り組んできました。オープンな企業風土という点での成果のひとつが、社内SNSの活発な利用です。ユーザーアカウントは8万件に達し、世界でも有数の社内コミュニティが構築できています。
ただ、DXの目的は、生産性を高め、収益力を向上し、企業成長につなげることです。そのフェーズへとしっかりと進んでいくことが大切です。これまでの手応えをもとに、さらに次のステージに進んでいきたいですね。2023年度には、「DX」という言葉を、さらに進歩させた言葉に変えて、メッセージを発信していくことも考えています。
――富士通は、長年に渡って「御用聞き」のような請負型ビジネスが中心でした。DX企業として、この体質からの脱却が重要であることに、時田社長は言及していましたが。
DX企業としての体質が、富士通全体に広く行き渡っているのかどうかという点では、まだ改善の余地がありますが、提案型ビジネスによって獲得できている商談が増加しているのも確かです。2022年度に入ってから、役員会のなかで、提案型のアプローチで受注した案件をグローバルで共有するといったことを行っています。こうした案件を見ると、受注の仕方が変化してきたなと感じます。それによって、商談機会が増加したり、お客さまからまったく違う反応をいただいたりしています。また、商談のクローズまでの時間もかなり短くなっています。
Ridgelinez(リッジラインズ)との連携ビジネスも、確実に成果が生まれていますし、ある企業での成功事例を異なる業種の企業に水平展開をしていくという事例も生まれています。富士通は、もともと水平展開が不得意な会社ですから(笑)、その点でも、大きな成果のひとつだといえます。しかし、これが全世界で起こっているわけではないですし、日本のなかでも、すべての業種においてできているわけではありません。富士通の提案において、経験やノウハウが評価され、スピード感を持って展開できるといったことが少しずつできるようになってきたという段階です。
――富士通はデータドリブン経営を標榜していますが、この成果はすでに生まれていますか。
2020年10月に、One Fujitsuプログラムによるデータドリブン経営への移行を明確に打ち出しました。グローバルおよびグループ全体の経営、業務プロセス、データ、ITを標準化し、ひとつのシステムにすることで、経営から現場のあらゆるレベルで、最新データに基づいたリアルタイムな経営状態の把握と未来予測を実現し、意思決定やアクション、マネジメント、オペレーションの最適化の実現を目指しています。
まずは、ERPにおけるOneERP+プロジェクトから取り組み、2024年度からの本稼働を予定しています。すでに、2022年4月から英国とアイルランドで先行稼働させているところです。また、同じく2022年4月にはOneCRMを日本で稼働させ、パイプライン管理にも取り組んでいます。データレイクも構築し、富士通が出資している米Palantir Technologiesの技術を活用し、ビッグデータ解析を進めていますところです。
まだ完全に、データドリブン経営に移行できたとはいえませんし、不十分なところは多いのですが、財務指標に対するポジティブな影響、ネガティブな影響が見えるようになってきましたし、営業任せだった受注管理も、グローバルで標準化したパイプライン管理として取り組みがスタートしています。ようやく、データドリブン経営に向けた一歩踏み出せたことに手応えを感じています。ただ、この先が1万歩ぐらいありそうですが(笑)。
個人的な感想ですが、3年前のSAPやマイクロソフトのデータドリブン経営にも、まだ追いつくことができていないレベルじゃないかと思っています。3年前との比較ですから、SAPやマイクロソフトはそのはるか先に進んでいます。会見で言及したことがありますが、「SAPのようになりたい」、「マイクロソフトみたいになりたい」という気持ちは、この点にあります。ただ、この数年間で、SAPやマイクロソフトが、「データドリブン経営でこういうことをやっていたんだ」という一端を、実感として、あるいは手触り感として体験できることが増えてきました。
今後、One Fujitsuプログラムは、財務経理や人事、サプライチェーンにも広げていくことになります。これらが連携して、データレイクのなかで、しっかりと分析を行い、データドリブン経営の歩みを、さらに一歩進めていくことになります。2024年度からの本稼働を待つのではなく、いまから使いながら、熟練度を高め、実践によるノウハウを蓄積し、その効果を経営に生かしていきます。
CaaSこそが次の富士通の姿を示すもの
――富士通は、2022年に、Fujitsu Computing as a Service(CaaS)の提供を開始しました。富岳をはじめとする高度なコンピューティング技術や、デジタルアニーラ、AIなどの高度最新技術を集約し、これらをクラウドサービス群として提供するものですが、今後、どんな事業成長を描いていますか。
CaaSこそが、次の富士通の姿を示すものである、と断言できます。富士通はここ数年、テクノロジー企業であるということを積極的にアピールし、5つのKey Technologyを、Fujitsu Uvanceの重要な構成要素と位置づけてきました。しかし、この5つのKey Technologyを使って、モノを作り、お客さまに1台ずつ売っていくというビジネススタイルを継続することを、富士通はあまり考えていません。これは富士通が考えるだけでなく、お客さま自身も1台ずつ、モノを購入するということが減っていくと見ています。
最新テクノロジーをサービスとして提供することが、これからのコンピューティングの理想系です。その際に、他社のテクノロジーを使ったサービスを提供していては、富士通のアイデンティティは崩れますし、富士通としての差異化ができなくなります。強いテクノロジーを持ち、そこで富士通はサービスによる差異化を図っていきます。まだサービスは限定的ですが、さまざまなテクノロジーを提供することで、ハイブリッドなアーキテクチャーやプラットフォームが実現でき、さまざまなアプリケーションにおいて最適な環境を提供することが可能になります。
2022年には、お客さまの解きたい問題に対して、計算時間や演算精度、コストといった要件に応じて、AIが最適なコンピュータを自動で選択し演算できる新たなソフトウェア構想として「Computing Workload Broker」を打ち出し、その先駆けとして、世界初となる量子とHPCのハイブリッド計算を実現する技術を開発しました。CaaSは、次世代コンピューティングの活用において、有効な手段になると考えています。
――富士通は、2021年10月に、事業ブランドとして「Fujitsu Uvance(ユーバンス)」を打ち出しました。2022年度を始動の年と位置づけ、2023年には活動を本格化させるとしています。どんな取り組みを行うのでしょうか。
Fujitsu Uvanceは、まだお試しという段階ではありますが、2022年度に、国内外で100億円以上の実績が出始めてます。海外では、Fujitsuブランドを見ると、PCやエアコンの企業だと思っている人がまだ多いのですが、Fujitsu Uvanceを通じたDigital ShiftsやWork Life Shiftなどにより、デジタルを活用した提案を行う企業であるという認知があがってきています。
2023年は、Fujitsu Uvanceというブランドでの事業運営を、本格的に進めていきます。Fujitsu Uvanceとしての具体的な売り上げ目標なども示していきたいと考えています。その代わり、テクノロジーソリューションという言葉は、2022年度で終わりにします。時代にも合わないですし、この言葉では市場の期待に応えることができません。次期中期経営計画では、テクノロジーソリューションという言葉は使わず、Fujitsu Uvanceがどんな役割を果たすのか、社会にどう貢献するのか、どれぐらいの成長を遂げるのかといったことを明確にしていきます。2023年は、富士通が伸ばしたい事業は、Fujitsu Uvanceであるということを明確に示していくことになります。
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