ソニーの家庭用ゲーム機「プレイステーション(PS)」を生み出し、「PSの父」と呼ばれる久夛良木(くたらぎ)健氏(71)が4月1日、近畿大学が新たに設けた情報学部の学部長に就任した。人工知能(AI)やサイバーセキュリティーに特化した先端のIT人材育成が目的だが、異彩を放つのがキャンパス内に設けられた国内トップクラスのeスポーツ施設だ。久夛良木氏は「PS6ではできないことが、ここではできるかもしれない。eスポーツを進化させる学生を育てたい」と力を込める。
PS6ではできないことを
実際のスポーツのようにゲームの腕前を競うeスポーツは、欧米を中心に高額の賞金をかけた大会も開催されており、職業とするプロゲーマーも多く誕生している。競技人口は世界で1億人を超え、五輪の正式種目入りも検討されている。
久夛良木氏はeスポーツの可能性について、「コミュニケーション」をキーワードに挙げる。「20年前に今後のゲーム機のライバルを聞かれて『携帯電話』と答えたが、eスポーツにも体験の共有という強みがある」と指摘する。
インターネットによる通信機能がなかった昔のゲーム機は隣にいる友人としか対戦ができなかった。それが今ではネットを介して世界中の誰とでも対戦でき、その様子を何万人もが視聴することすらある。
「eスポーツではイベントの作り手や選手、観客すべてが参画者になれる。そこで生まれるコミュニケーションこそが最大のエンターテインメント」と久夛良木氏は期待を寄せる。
近大情報学部のキャンパス内に設置された「eスポーツアリーナ」は、約180平方メートルのスペースに高性能なゲーム用パソコン31台が並び、試合を観戦する横5メートル、縦1.5メートルの大型モニターや、音響・照明設備を完備。電動車いすでの利用にも対応する。
近大eスポーツサークルの学生は「通常なら多額のレンタル費用がかかる設備が、予約するだけで使えるのはとてもありがたい」と話す。
ただ、情報学部が目指すのは優れたeスポーツ選手の輩出ではない。学部長代理に就任した井口信和教授は「ゲームが人を熱中させる仕組みを研究し、オンライン授業などに生かしていきたい」と強調する。世界中で大ヒットを記録したPSを生み出した久夛良木氏を学部長に招いたことからも、次世代のイノベーター(革新者)を育成することが目的だ。
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自ら毎週教壇に立つ
近大情報学部の学部長に就任した久夛良木氏は産経新聞のインタビューで、「リーダーシップやイニシアチブ(主導権)を取れる学生を育てたい」と抱負を語り、「(学部長自ら)毎週教壇に立ちたい」と意気込んだ。主なやりとりは以下の通り。
――天才エンジニアとして活躍する一方、教育にも携わってきました
「日本の企業では、上司がいると周りが一切しゃべらないという文化がある。学生も同じで、『将来何をやりたいのか』と問うと、誰も手を挙げない。大学の客員教授として教育に携わるようになり、それにびっくりした。ちゃんと手を挙げて自分の意見を言えるのは留学生が多く、日本の学生は後ろに座ってじっとしている。人類の発展のためにはいいことではない。学部長は重いミッションだが、(こうした課題の解決を)やるっきゃない」
――自ら教壇に立ちますか
「立たないと面白くないし、毎週立ちたい。マークシート方式では、ユニークな答えは罰点を付けられる。日本の教育に改善すべき点があるのではないか。学生はたぶん、自分の意見を表明することに自信がない。普段から何をしたいとか引き出しをたくさん持っている好奇心旺盛な学生を育てたい」
トレーニングしかない
――米国ではディベート(議論)の授業が盛んです。気後れしない学生をどう育成しますか
「トレーニングしかないんじゃないの。偏差値を上げるためだけの勉強をしているとすれば、ディベートできない。18〜19歳のうちにトレーニングする必要がある。普通の大学の研究室は壁で区切られているが、情報学部の壁のないオープン空間のエリアでは、他学部の学生も集まれる」
――昔から国内メーカーは設備や機器などハードに強く、情報などソフトに弱いといわれています
「それはステレオタイプな見方だが、戦後の大量生産・大量販売時代、そのための教育をしてしまった。ハードからコンピューター、人工知能(AI)まで一気通貫で全部やっている人たちが一番多いのは日本。中国は急速に伸びたが、基本のテクノロジーはそれほど蓄積されておらず、『GAFA』と呼ばれる米国のグーグルやアップルなど巨大ITもそうだ。日本は本来、うまくできるはずなのに(ハードとソフトが)つながっていない。リーダーシップやイニシアチブが足りないと考えられるので、(専門知識を身につけるとともに)そういう学生もぜひ育てたい」
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いい意味での挫折を
――挫折を知らない若者が増え、社会人になって初めて挫折を経験すると心が折れるケースもあると聞きます
「情報学部の授業が始まると、いい意味での挫折をたくさんする。たとえば、失敗しないAIはなく、失敗を学べる」
――かつての情報学はプログラマー育成に重点が置かれていたが、現在はIT活用人材を育てることに力点が置かれています
「その通りだ。昔の情報学は(システム開発や運営を担う)システムインテグレーターを育てる意味合いが大きかったが、日本のシステムは学習データに対しては完全に適合するが、未知のデータに対しては調整できないケースが多かった。ITにとっては致命的欠陥だ」
――情報学部の卒業生が社会でどう羽ばたいてほしいですか
「(情報分野に限らず)ある分野ですごく活躍している人がいて、実は情報学部の卒業生だったというのが理想的だ」(桑島浩任、藤原章裕)
くたらぎ・けん
電気通信大卒。昭和50年ソニー(現ソニーグループ)。ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)社長、会長兼グループCEO(最高経営責任者)を歴任。現在は、リアルタイム情報処理システムの研究開発などを手掛けるサイバーアイ・エンタテインメント(東京)社長、楽天社外取締役などを務める。東京都出身。
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