「2023年7月からスタートした新年度(2024年度)は、クラウド+AIによる新たな価値の提案に力を注ぐことになる」と、日本マイクロソフト 執行役員常務 クラウド&AIソリューション事業本部長の岡嵜禎氏は切り出す。
岡嵜氏が率いる組織名にも新たな「AI」の文字が加わり、そこにも日本マイクロソフトの新年度の方向性が示されている。AIに関する新たな取り組みとしては、2023年秋に、Microsoft AI Co-Innovation Labを国内に新設することを発表。さらに、Azure OpenAI Serviceの活用シナリオとアーキテクチャを示した「Azure OpenAI Serviceリファレンスアーキテクチャ」を発表し、すでに賛同パートナー数は45社に到達。「年内には3桁に達するだろう」とも語る。
岡嵜執行役員常務に、クラウド+AIを中心とした日本マイクロソフトの新年度の取り組みについて聞いた。
5年前に仮説として描いていた世界が、いまやって来ている
――マイクロソフトから、生成AIに関する発表が相次いでいます。長年、マイクロソフトを取材していますが、ここまで大型の発表が矢継ぎ早に行われたことは過去にないほどです。
確かに、2023年1月以降の発表の多さやスピード感は、これまでにないものだと、多くの人が感じているのではないでしょうか。しかも、それぞれの発表が大きなものになっています。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツは、「生成AIはWindows 95以来の衝撃である」と語り、CEOのサティア・ナデラは、「Microsoft Fabricは、SQL Server以来の最大の発表である」と位置づけています。
――短期間に、Windows 95とSQL Serverがまとめて発表されたようなインパクトだということですね(笑)
ただ、これらの発表は思いつきや後追いではなく、しっかりと準備をしてきたものであることが重要なポイントです。米国マイクロソフトで、クラウドおよびAIの責任者を務めるスコット・ガスリーは、マイクロソフトは5年前から、生成AIによる未来の世界を描いていたことを明かしています。
実際、2019年にはOpenAIとのパートナーシップを結び、2023年1月には、そのパートナーシップをさらに拡大することを発表しました。マイクロソフトが、5年前に仮説として描いていた世界が、いまやって来ているというわけです。
そして、それを実現する上で、マイクロソフトの社内カルチャーが変化し、社員全員が変わり、グロースマインドセットを持ち、それに基づいて開発方法が変化してきたことも見逃せません。これまでの積み重ねや変化が、今回の発表につながっています。
Copilotだけをあげても、最初のサービスであるGitHub Copilotを発表して以降、これまでに、Microsoft 365 Copilot、Dynamics 365 Copilot、Copilot in Power Platform、Microsoft Security Copilot、Windows Copilotと、合計で6つのCopilotを発表しています。
――マイクロソフトでは、最近、「AI Transformation」という言葉を使い始めました。これはどういう意味があるのですか。
いままではクラウドによる変革が進み、その延長線上でDXが推進されてきたといえます。今後は、DXを推進する要素のひとつとして、新たに登場した生成AIを中心としたAI Transformationが、ビジネス変革を推進していくことになります。生成AIによって、ビジネスプロセスやビジネスモデルを、劇的に変える動きが、これから3年~5年の間に起こるでしょう。
特に私が注目しているのは、これが、日本にとってリープフロッグになるという点です。日本のDXは遅れているという指摘がありますが、生成AIは、多くの人が、その価値を理解しやすいといった特徴を持ち、同時に生成AIが、一気に物事を変化させる起爆剤になるという期待感が高まっており、日本がDXの遅れを取り戻すチャンスになるともいえます。
これまでに登場した最新テクノロジーの多くは、まずはIT部門が理解し、それをかみ砕き、エンドユーザーが利用できるようにするというものでしたが、生成AIの場合は、IT部門だけでなく、エンドユーザー自らが、「これは便利になるテクノロジーだ」という確信を持っています。
だからこそ、急激な勢いで多くの人たちが生成AIを使い始めているのです。ChatGPTは公開から2カ月で利用者が1億人を突破しましたし、GPT-4を実装したNew Bingの利用者数は、米国以外では日本が最も多く、日本のユーザーの関心が高いことが裏づけられています。その一方で、生成AIが登場したことによって、ユーザー企業には、新たな気づきが生まれていることも見逃せません。
――それはなんですか。
データの重要性に気づいたり、再認識したりするユーザー企業が増加しているという点です。生成AIを自分たちの業務に生かしたいと思ったときに、その元となるデータが蓄積され、活用できる状況にあるのか、ということが課題になり始めています。例えば、コールセンターの対応履歴を音声で蓄積していても、それがテキスト化できていないといった課題や、社内を見回すと、個人のローカルPCに多くのデータが蓄積されたままになっているという課題、クラウド化が進展していないといった課題が、あらためて浮き彫りになってきています。
AIを活用するために、データが重要であることにあらためて気づき始め、なにからはじめたらいいのかといったことに悩んでいる企業が増えています。これを解決する手段のひとつがMicrosoft Fabricになります。
――サティア・ナデラCEOが、「SQL Server以来の最大の発表である」と表したMicrosoft Fabricは、なにをもたらすことになりますか。
Microsoft Fabricは、単一の分析SaaSにデータを統合でき、データを利用したい場合にスピーディに集め、活用できることにフォーカスした製品であり、データ分析に必要なテクノロジーをすべて含んでいます。
中でも特徴的なのがOne Lakeです。名前を聞いて「また、マイクロソフトが統合データ基盤を作り始めた」と思う人がいるかもしれませんが(笑)、これはまったく違うものです。One Lakeは、データを物理的に1カ所に統合するのではなく、Azure上のデータに限らず、他社のクラウドストレージやオンプレミス、SaaS、個人のローカルPCといった、さまざまなところにあるデータを、仮想的にOne Lakeとして統合し、データが活用できるようになるものです。
言い換えれば、利用者観点で最速でデータ活用ができる仕組みがOne Lakeとなります。統合データ基盤を構築するのに2年も、3年も費やしてしまうということがなくなりますし、Copilot機能を搭載しているため、AIを活用し、データを持ってくるためのクエリを自動生成でき、時間や労力を削減することができます。
最近は、日本の企業のなかでも、チーフ・データ・オフィサー(CDO:最高データ責任者)と呼ばれる人が増えてきましたが、その役割を見てみると、チーフ・データインテグレーション・オフィサーになっている例が多いのではないでしょうか。データを整備することに追われたり、そのための器を作ることに労力を費やしたりしている様子が散見されます。また、統合データ基盤があっても、それが複数存在しているために、結果としてデータのサイロが発生しているという事態も起きています。
データは統合することが重要なのではなく、データをセキュアに、スピーディに活用することが重要なのです。これを実現するのが、Microsoft Fabricということになります。Microsoft Fabricによって、Open AIに活用する際にも、必要なデータを迅速にそろえることができます。すでに、Microsoft Fabricは、日本においても、NTTドコモやNTTテクノクロス、集英社、イオンネクストなどが利用を開始しており、Microsoft Fabric パートナーエコシステムにも多くの企業が参加しています。
生成AIにおける3つの提案
――マイクロソフトでは、生成AIにおいて、「Copilot」、「Azure OpenAI Service」、「プラグイン」の3つを提案しています。それぞれの特徴を教えてください。
Copilotでは、マイクロソフトが持つアプリケーションなどに生成AIを組み込むことで、ユーザーに便利な体験をしてもらうことができます。Azure OpenAI Serviceでは、自分たちでCopilotを作りたいといった場合や、自分たちのビジネスプロセスにOpenAIの機能を組み込みたいという場合に活用できるものになります。そして、プラグインでは、ユーザーがCopilotを使用する際に、新たにアプリケーションを開発しなくても、さまざまなデータやサービスを活用したり、組み込んだりすることができます。
Copilotにプラグインをアタッチすることで、さまざまな機能を追加でき、より便利に生成AIを利用できるようになります。例えば、契約書の内容をチェックする際には、WordのCopilotの機能でも可能ですが、そこに、カリフォルニア州の法律に特化した形で契約書をチェックしたいといったときには、より専門性が要求されますから、プラグインを介して、専門性が高いサービスを利用してチェックすることができます。専門性を持っていたり、技術を持っていたりする会社がプラグインを提供することで、新たな開発を伴うことなく、Copilotのサービスを拡張することができるというわけです。
――日本では、プラグインに対する反応はどうですか。
非常にいい手応えを感じています。すでに価格.comでは、希望の商品やカテゴリー、メーカー、レストラン、旅行プランを指定すると、それに沿った提案が行われるサービスを予定していますし、LIFULLでは、家探しの際に希望する要件を入力することで、プラグインを通じて、最適な物件などを紹介してくれます。今後、日本におけるプラグインの取り組みを発表できる予定です。
――Azure OpenAI Serviceは、日本においても、かなりの勢いで採用が進んでいますね。取材をしていても、それを強く感じます。
私の想定の遥か上をいくような勢いです。従来であれば、新たなサービスが登場すると、日本マイクロソフトから提案や説明を行い、それを情報システム部門や現場の担当者、あるいはISVなどの開発者が理解をしてから、導入や採用を検討するといった流れでしたが、Azure OpenAI Serviceでは、私たちが提案をする前から、使いたいという声があがってきていますし、すぐに使わなくてはならないという機運、あるいは危機感のようなものも感じます。
特にスタートアップ企業やインターネットサービス企業では、これがビジネスチャンスにつながったり、新たな価値を提供できたり、次のステージに行けるという意識が強く、より積極的な姿勢が見られていますね。スタートアップ企業やインターネットサービス企業は、他社のクラウドを採用するケースが多かったのですが、これらの企業がAzure OpenAI Serviceを活用しており、Microsoft Cloudにとっては、新たなユーザー層の開拓にもつながっています。こうした観点からも、新たな風が吹き始めたという手応えがあります。
――Azure OpenAI Serviceに関しては、日本独自の取り組みとして、Azure OpenAI Serviceリファレンスアーキテクチャを発表しました。この狙いはなんですか。
日本マイクロソフトが推奨するAzure OpenAI Serviceの活用シナリオとアーキテクチャを示すものとなります。具体的には、Azure OpenAI Serviceのシナリオ概要、デモUI、サンプルアーキテクチャ、デプロイ方法の詳細などを、Microsoft Baseコンテンツポータルを通じて、公開していくことになります。お客さまが、Azure OpenAI Serviceを活用してさまざまなことをやりたいと考えたときに、それをクイックに実現できるように支援することができます。
Azure OpenAI Serviceでは、GPT-4やCodex、DALL-E2などを用意していますが、なにができるかを試してみるというフェーズには、すでに多くの企業が到達していると思います。
次に求められるのは、自分たちの業務にいかに組み込むかという点です。その際には、それぞれの業界や企業規模などに応じてさまざまなユースケースがありますから、日本マイクロソフトだけでなく、さまざまなパートナーとともにユースケースを提案していきたいと考えています。それを加速するのが、Azure OpenAI Serviceリファレンスアーキテクチャ賛同パートナープログラムになります。
ここでは、SIerなどがお客さまに導入した際のユースケースを公開したり、ISVが自らのアプリケーションに組み込んだノウハウを公開したりといったことが活発化することを期待しています。2023年8月以降に、独自のリファレンスアーキテクチャの公開や事例発表、マーケットプレイスへの公開などを行い、先進的な取り組みを行う賛同パートナーを、Advanced Partnerとして紹介していきます。これによって、Azure OpenAI Serviceの利用が加速度的に進むと考えています。
Azure OpenAI Serviceの活用例や、それを実装する際の留意点などが共有されることで、お客さまが、より迅速に、より大きな成果を生むことができます。単にリファレンスアーキテクチャを用意するだけでなく、それを実行するための仕組みも用意することで、日本の企業、パートナーに、いち早く生成AIを実装してもらう環境を作ったわけです。
すでに、賛同パートナーとして45社が参加を表明しており、SIerやISVが、Azure OpenAI Serviceに高い関心を寄せていることがわかります。パートナーにとっても、ビジネスチャンスを創出する機会になりますし、ISVにとっても、自社のアプリケーションを一段も、二段も引き上げることができ、機能強化を迅速に進めることができます。ISV同士でも、ノウハウを共有できる部分は多いと思います。賛同パートナーの増加については、私自身とてもいい手応えを得ており、年内には3桁になると見ています。
――Copilotのなかでは、これからの動きとして、Microsoft 365 Copilotのローンチの時期が気になります。
現在、招待制の有償プレビュープログラムであるMicrosoft 365 Copilotアーリーアクセス プログラムを実施しており、全世界で600社のお客さまを対象に実施しています。現時点では、製品版の提供時期については明確にはしていませんが、一般提供を開始する時点では、1ユーザーあたり月額30ドルで利用できるようになります。Microsoft 365 Copilotによって、より多くの人にAIを利用してもらえるようになるのは明らかです。私も使ってみましたが、少しでも早く、多くの方々に使ってもらいたいと思っています。
――日本マイクロソフトでは、Copilot stackの提供も発表しています。これはどんな役割を果たしますか。
今後は、自分たちのCopilotを作りたいという動きが加速すると考えています。そうしたニーズに対応するためのフレームワークがCopilot stackとなります。Copilot stackは、3つのレイヤーを通じて、生成AIを拡張することができます。
ひとつめのアプリケーションレイヤーにおいては、Copilotによる標準機能とプラグインを活用して、エンドユーザーでも必要な機能を簡単に組み込むことができます。これはアプリケーションを開発するのとは異なり、最も難易度が低く、迅速に利用が開始できる仕組みとなります。2つめの、AIオーケストレーションレイヤーでは、GPT-4などの言語モデルを拡張しながら、自分たちの言語モデルを構築したいというニーズに対応できます。そして、3つめのAI基盤モデルでは、OpenAIやHugging Faceなどの言語モデルを活用することができます。
さらにマイクロソフトでは、Azure AI Studioを用意しており、ユーザー独自モデルの構築や学習、プロンプトフローの作成、Azure OpenAIやOSSモデルと独自データのグランディングを可能にしています。
――Microsoft AI Co-Innovation Labを、2023年秋に、日本に設立する計画を発表しました。どんな役割を果たす拠点になりますか。
Microsoft AI Co-Innovation Labは、米マイクロソフトの本社があるレドモンドのほか、ミュンヘン、上海、ウルグアイに展開しており、日本は5拠点目で、川崎重工業や神戸市を中心に、賛同企業や団体からなる運営法人との連携のもと、神戸市に開設することになります。
役割は2つあります。ひとつは共創を推進するということです。お客さまのシステムやサービス、プロダクトに、マイクロソフトが持つ生成AIやさまざまなテクノロジーを提供する一方で、日本の企業が持つロボティクス技術や各種装置の技術などを組み合わせて、先進的なソリューションの開発において共創し、さまざまな実験なども進めていくことになります。ここでは、マイクロソフトのエンジニアと、パートナーのエンジニアが共同作業を行うことになります。日本のMicrosoft AI Co-Innovation Labが特定分野に特化した共創を行うというわけではありませんが、日本の企業が得意とする分野を考えると、やはり、ロボティクス領域などでの共創が成果につながりやすいと考えています。
もうひとつは、共創によって作り上げたものを展示し、先進的なソリューションを見たり、体験したりといった役割を担う場になるという点です。また、日本マイクロソフトの観点から見ると、データ&AIという領域と親和性が高い取り組みになるといえ、IoTによるデータ収集、AIによる分析および分析結果の可視化、Azure Open AI Serviceの実用化、Azureサービスの適用といった観点から技術支援を行うほか、東京・品川の日本マイクロソフト本社内にあるマイクロソフトテクノロジーセンターとの連携も進めます。Microsoft AI Co-Innovation Labを通じて、日本におけるイノベーションを加速したいと考えています。
新年度における取り組みは?
――2023年7月からの新年度は、どんな点に注力することになりますか。
私が統括しているクラウド&ソリューション事業本部の名称を、2023年7月から、クラウド&AIソリューション事業本部に変更しました。AIという文字を追加しただけとはいえますが(笑)、その組織名の変更に、日本マイクロソフトの今後の方向性を示しているといえます。
日本マイクロソフトの事業の基本は、あらゆるソリューションをクラウド化していくことであり、それがクラウド&ソリューション事業本部の名称につながっていました。しかし、これからはCEOのサティアが言っているように、すべてのソリューションにAIが入っていくことになります。クラウドとAIが、あらゆるソリューションの基軸になります。つまり、7月からの新年度は、クラウドとAIを加速させるための活動が中心になり、それによってお客さまの体験を変え、新たな価値の提案を広げていきたいと思っています。
それに向けた具体的な取り組みについては、今後、発表していくことになります。Microsoft 365による働き方改革をはじめ、クラウド、セキュリティ、データ、AIなどの専門性を持った社員が、より踏み込んだ形でお客さまを支援する姿勢は変わりませんが、旺盛な生成AIに対するデマンドに対して、エコシステムを通じたお客さまへの提案を加速するとともに、日本マイクロソフトの強みである、すぐに活用できるテクノロジーやソリューションを提供し、体験してもらい、課題を解決する提案を重視していきます。
これまでにも、GitHub Copilotを使ってもらい、生産性の高さを実感してもらった開発者が多かったように、AIを体験していただく場を増やすことで、お客さまやパートナーに実体験をもとにAIのメリットを実感してもらいたいと思っています。また、「クラウド+AI」を提案する上では、日本マイクロソフト自らも変わっていかなくてはならないと思っています。自分たちが、生成AIを積極的に業務に活用し、日本マイクロソフトがどう変わったのかといったことも、お客さまやパートナーに対して公開し、ここでも実体験をもとにしたメリットをお伝えし、日本における「AI Transformation」を促進したいと思っています。
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