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Thursday, July 20, 2023

「日本史王」本郷和人のアート入門!第8回 「ABSTRACTION 抽象 ... - 読売新聞社

apaituberita.blogspot.com

「日本史王」本郷和人です。僕は1988年に東京大学史料編纂所に入所して、30年以上、『大日本史料』の編纂をしてきた歴史研究者です。歴史が専門ですが、美術やアートについても素人ながらも好きです。大好きなのですが、一つだけずっと避けていた美術のジャンルがあります。「抽象絵画」です。
アーティゾン美術館で8月20日まで開かれている「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開」で、僕にとって鬼門ともいえる抽象絵画に挑戦しました。

本郷和人さん(右)と新畑泰秀さん

訪問する日の午前中、実はすごく不安だったんです。
「全く分からなかったらどうしよう? なにも感じなかったらどうしよう?」って。
結論から言うと、ものすご~く面白かったです。僕のように抽象絵画に苦手意識を持っている人でも大丈夫、いやむしろ苦手と思っている人ほど、見てほしいなぁ。凝り固まった頭をスパンと断ち切られるような感覚で、日頃の仕事のストレスも吹っ飛びますよ。

なぜ抽象絵画は分からないのか?

印象派やゴッホを好きな人の中にも「抽象絵画は分からない」という人は結構いるのではないでしょうか?
アーティゾン美術館学芸員の新畑泰秀さんによると、20世紀のはじめにヨーロッパで成立した抽象絵画は、20世紀以降の美術の主流の一つですが、日本の美術館では、抽象絵画をまとめて見る機会は意外と少ないそうです。
「近代絵画の展覧会があれば、抽象絵画もいくつか展示されていることはあるでしょう。しかし、ほかのジャンルの分かりやすい作品と一緒に抽象絵画が並んでいると『分からない』と通過されがちです」と新畑さん。うーん、確かに。
しかし、今回は、約260点のほぼすべてが抽象絵画。「抽象絵画の海に溺れる」(新畑さん)ことで、心配していた「なにも感じなかったら?」なんてことは全くありませんでした。

現代作家による作品 鍵岡リグレ アンヌ《Reflection p-10》2023年 作家蔵

カメラでできない表現を模索 AIに対峙する現代人に似ている?

抽象的な表現自体は、日本の書をはじめ古今東西にあります。しかし、20世紀に「抽象絵画」がヨーロッパで成立した理由のひとつには、近代化、それもカメラの存在があったからだそうです。

人間が描くよりもはるかに簡単で正確なカメラがあれば、わざわざ絵に描かなくてもいいと考えるのも自然です。

しかし、画家たちはあきらめるのではなく、カメラすなわち機械では不可能な、人間だからこそ出来る表現を模索していきました。「色」「形」「構図」をバラバラにして再構築することで、カメラには出来ない方法でも、ものを描けるのではないか。カメラでは捉えることが不可能な人間の「心」も描けるのではないか――。そうして生まれたのが「抽象絵画(アブストラクション)」だったというわけです。

フランティセック・クプカ《赤い背景のエチュード》1919年頃 石橋財団アーティゾン美術館

これって、「ChatGPT」などの圧倒的な性能のAIに直面している今の僕たちと似ていませんか?

「カメラには到底かなわない」と納得するのではなく、それを越える表現を考えて進化を続けた画家たちがいたことを知ると、僕もAIに負けないぞと励みになりました。

「無題」が多い秘密

こうした流れを知ると、抽象絵画のタイトルに「無題」が多い理由も分かります。

本展ではおおむね時代順に作品が並んでいますが、最初のほうは、具体的なタイトルが付いている作品が案外多いのです。それが後の時代になると「無題」のようなタイトルが増えていきます。

20世紀初頭の作品 ロベール・ドローネー《街の窓》1912年 石橋財団アーティゾン美術館

モチーフも「人間の顔だな」「なにかの建物だな」とかろうじて分かっていた前半から、後半になるとモチーフが全く分からないものが続出します。

Section8「戦後日本の抽象絵画の展開(1960年代まで)」の展示風景

カメラで撮った写真のような分かりやすさと対極にある前衛的な表現だからこそ、時代が新しくなると、タイトルを含めてどんどんと抽象的になっていく傾向があるのだそうです。

本展を訪れる前の僕は、そんな「モチーフ不明、タイトル無題」の抽象絵画を「分からないから」と避けてきたのですが、今回、たくさんの抽象絵画を一度に見ていると、「あっ、これ好きかも」と思う作品に出会うことが何度もありました。さらに会場の別のところで心が動いた作品のキャプションを見たところ、さっきと同じ作者だったりすると、気分が高揚します。

Section11「巨匠のその後ーアンス・アルトゥング、ピエール・スーラージュ、ザオ・ウーキー」の展示風景

本展に展示されている作品の一つひとつが、上手なのか、美しいと言えるのか、正直言って僕には分かりません。でも、この展覧会で並んでいるのは、新畑さんらプロが目利きをした作品ばかりです。そこは「名人上手めいじんじょうず」(その世界で優れた技能を持っている人)の目を信じて、どっぷり抽象絵画の海にひたってみるのが正解なのでしょう。

タイトルは?なにが描かれている?作者はどんな人物?その背景は?点数をつけるとしたら?といった、ふだんの僕ならこだわるだろう具象的な情報が無くても、すごく楽しめたのです。苦手と思い込んでいた世界に飛び込んでみて良かったなぁ。加えて歴史研究者としての僕も「覚醒」したのです。そのことについては後編で。

(後編は7月22日に公開予定)
(撮影 読売新聞・青山謙太郎)

ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ
会場:アーティゾン美術館  6・5・4 階展示室
会期:2023年6月3日(土)~8月20日(日)
休館日:月曜日
アクセス::JR 東京駅(八重洲中央口)、東京メトロ銀座線・京橋駅(6番、7 番出口)、東京メトロ・銀座線/東西線/都営浅草線・日本橋駅(B1 出口)から徒歩5分
入館料:日時指定予約制ウェブ予約チケット1,800 円、窓口チケット2,000 円、学生無料(要ウェブ予約)
*予約枠に空きがあれば、美術館窓口でもチケットを購入できます。*中学生以下はウェブ予約不要
詳しくは(https://www.artizon.museum/)へ。

・展示構成がわかるプレビュー記事


・内覧会開幕速報記事


・グッズ開封記事


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